INTRODUCTION
リンゼイには人を惹き付ける輝きが隠されていた
1975年、1人の無名の新進女優がABC・TVネットワークとユニバーサルの共同市場調査の結果、彼女の視聴者に対するセックス・アピールが不十分だと出たため、ユニバーサルを解雇された。
「あの時ぐらいクサったことはないわ。いいこと、4年間もテレビ女優の経験を積んで、その間2本の劇場映画(「ふたり」「ペーパー・チェイス」)に出させてもらって、あげくの果てがお払い箱だなんて・・・。」
「大地震」「ヒンデンブルグ」「エアポート’75」「ジョーズ」などの大作映画がみんな彼女の目の前を素通りしていった。チャンスがありながら、結局彼女はそれをつかむのに失敗したのである。
当時のハリウッドは、映画もテレビも男性中心のものがほとんどで、若い女優にはお色気やセックス・アピールしか要求されていないような風潮があり、女優はあくまで男優の添え物扱いであった。
「ユニバーサル・スタジオのお偉いさん達は、私の胸が小さくて、背が高くで痩せすぎだったから、セックスアピールが欠けていると思ったからなの。そしてTV「600万ドルの男」の第2シーズンにゲスト出演した私はそのエピソードの中で死んでしまったの。その時私の女優としてのキャリアもこれで死んだのだ、と思ったわ。」
彼女の名は
リンゼイ・ワグナー26歳。当時の彼女は自分の部屋にTVも持ってはいなかった。
その彼女がその後、アメリカ、イギリス、ヨーロッパ、日本など世界のTVで活躍する女優になろうとは、・・・。
ジェミー・ソマーズが生まれたその時代背景たち
「『600万ドルの男』の台本を初めてもらった時、母に電話をしたの。“人がビルから飛び降りたりする変な話よ。最近のTVは変わってるわね。”すると、母は『600万ドルの男』でしょ?あなたの妹も大好きよ。その番組がどうかしたの?」
TVも持っておらず、SFドラマといってもそういう話題にまったく疎かった彼女は、出演のオファーにまったく乗り気ではなかった。元々映画女優を目指していたし、このままTV出演を続けていていいのだろうか?とも悩んでいた時期でもあった。
リンゼイの妹のランダルは、彼女にこう言った。
「絶対に出演して!」とリンゼイに懇願した。
当時まだ少女だった妹の誕生日が近づいていた頃でもあった。妹がそんなに喜んでくれるなら、とリンゼイは出演を決めた。「600万ドルの男」の出演はランダルへの誕生プレゼントのつもりでもあったのだ。
「600万ドルの男」は
リー・メジャース主演のSF・ヒーロドラマだった。
サイボーグとして改造されたスパイが難問を解決していく、という子供向けドラマとしてアメリカでは既に人気があった。第2シーズンを迎えた頃、新風を吹き込もうと製作スタッフは頭をひねっていた。
当時のリーの妻であった
ファラ・フォーセット・メジャースは夫や友人たちとテニスを楽しむことが多かった。当時のテニス界では、
ヴィジョン・ボルグ、
キング夫人,
クリス・エパート、
ジミー・コナーズらがトップ・プレイヤーとして活躍していた。
リーは、キャラクターの
スティーブ・オースチンの恋人役を妻に演じてほしい、と考えていた。
定説ではあるが、ジミー・コナーズをもじって女性キャラを考えていたと言われている。
イギリス版のDVD「THE BIONIC WOMAN」の特典には、
ジェミー・ソマーズは、リーのアイディアであった。と記されている。
こうした時代背景の中でリンゼイ・ワグナーが演じることになる、ジェミー・ソマーズが生まれたのである。
視聴者から大反響!蘇ったバイオニック・ジェミー
『600万ドルの男』のスペシャル・エピソード
「誕生!バイオニック・ジェミーの秘話」(前・後編)」に出演し、ジェミー・ソマーズを好演したリンゼイであったが、ユニバーサルに解雇を言い渡され真剣に転職も考えた。
女優をやめればどこにでも自由に旅行を楽しんだりできるのだから、と楽天的に考えようとしたが気はめいる一方だった。当時のリンゼイは予算の安いインディーズ映画
「壮烈な賭」(原題・Second wind)の撮影をしながら、ウエイトレスの仕事などをして生活をしのいでいた。
ある日、リンゼイとエージェントのロン・サミュエルズ(TV
『ワンダーウーマン』の
リンダ・カーターの当時のエージェントで夫でもあった。彼は
『チャーリーズ・エンジェル』の
ジャクリン・スミスも担当していた。)のもとに一本の電話が鳴った。
「契約は既に切れているが、リンゼイが再び『600万ドルの男』に2週のスペシャルで出演してくれたら、契約続行ということにして、エピソードの1本分について2500ドル払おう」というユニバーサルからの電話であった。すると、ロンは
「2500ドルなんて、冗談じゃない!もう脇役契約じゃ嫌だ!2万5千ドルならOKだ」と言い値の10倍を要求したのである。これが後に「ユニバーサルを震撼させた女優」と言われるようになったリンゼイの由来である。
実は、リンゼイが「バイオニック・ジェミーの秘話」に出演した後、視聴者から「ジェミーをもう一度見たい」「ジェミーを生き返らせて!」という大反響がスタジオに寄せられたのである。
しかし、リンゼイの契約は既に切ってしまっていたために他の女優がジェミー役の候補として名が上がっていた。主演のリーはファラ・フォーセットを推薦し、他には
サリー・フィールド『ブラザーズ&シスターズ』や
ステファニー・パワーズ『探偵ハート&ハート』らを検討していた。
ユニバーサルは苦渋の決断を迫られ、数日後再びロンの元へ電話をした。
「2週分出演してもらえるなら、5万ドル支払おう」こうして、リンゼイはジェミー役によって女優としてのキャリアを再び蘇らせたのである。
「蘇ったバイオニック・ジェミー」(前・後編)とタイトルされたエピソードはやはり高視聴率をとり、
ユニバーサルはジェミーを単独で活躍させるシリーズを製作することに決定。まず『600万ドルの男』のエピソードとして
「バイオニック・ジェミー誕生」を放送。その後、
『地上最強の美女 バイオニック・ジェミー』として
「バイオニック・ジェミーのお値段」がクロスオーバーという当時としては珍しい形式で放送されることになったのである。
原題は『The Bionic Woman』。でも、バイオニックって何?
こうして、
『The Bionic Woman』はスタートしたが、日本語版を製作するにあたりスタッフは頭を悩ませなければならなかった。クロスオーバーという形も日本ではまだ珍しかったうえに、初回から既にジェミーの設定がしっかり出来上がってしまっているし、おまけに「バイオニック」と言っても当時の日本では、まだなじみのなかった新語であったため、物語をわかりやすく伝えるには、どうしたらよいか?と最初の難題が、待ち受けていたのである。
それがはっきり現われているのが、『600万ドルの男』の「~ジェミー秘話編」と「蘇った~編」である。
両方とも同じドラマのエピソードの中の2つであるが、この2つには翻訳において大きな違いがある。
原版の台詞で、登場する俳優たちは「バイオニック」という言葉を既に使っているが、日本語吹き替えでは「~秘話編」では「サイボーグ」。次ぎの3シーズンのパイロット版になる「蘇った~編」では「バイオニック」となっているのだ。
そして、もう一つ。通常であればクロスオーバーの関係上、「バイオニックジェミー誕生」は『600万ドルの男』のエピソードとして放送されなければならないが、「バイオニック・ジェミーのお値段」をジェミーの第1話とすると、『600万ドルの男』を見たことがない初めての視聴者は当然ストーリーの流れが理解できない。
そのため「バイオニック・ジェミー誕生」をジェミーのエピソードとして放送したのは必然の流れであった。
「私も放映が始まった時、さっそく見た。第1話を見終わって不思議に感じたことがあった。第1話なのにジェミーがどんないきさつで“バイオニック・ウーマン”になったのか?一切に描こうともしていない。冒頭に出てくるフラッシュカットとナレーションがわずかにそれを伝えるだけで、あとは皆さんもうご存知でしょう?といわんばかりの展開なのだ。」(原題・Welcome Home Jaime/「還ってきたジェミー」翻訳・佐藤 肇氏)
やはり、『バイオニック・ジェミー』は『600万ドルの男』あってのスピンオフ・シリーズなのである。
両方を見ていなければ、中身が理解できないというシステムがあったため、双方同士のドラマの視聴率を改めて上げることになり、その価値を高めることに成功したわけである。
そして、先ほどの「バイオニック」という新語の問題。
もし、これが「サイボーグ・ジェミー」であったら?ロゴの響きが悪くないだろうか?イメージとしてどうだろうか?
(原題・Kill Oscar「ゴールドマン暗殺指令」の翻訳を務めた木原たけし氏は原作本の中で語っている。
「私は、サイボーグ(サイバネティックス・オーガニズム)という言葉をあまり好まない。そこには、何者かに支配される非情なメカニズムの世界を感じる。それに反してバイオニクス(生体工学・生物学と電子工学を合わせて作られた造語)では、あくまで人間に主体性があり、人間としての個人が尊重される。そんなイメージを受ける後者の方が親しみやすいのだ。ジェミーは「バイオニック」なる名をいただいてるからこそ、存在価値があり、視聴者や本の読者に愛される人物になりえたのだろう。(中略)「バイオニック・ウーマン」の生みの親がドクタールディなら、日本でのゴッドファーザー(名づけ親)はさしずめ日本テレビプロデューサー服部比佐夫氏だ。(当時)彼はこれまで一般にはなじみのなかったこの「バイオニック」なる言葉をあえてそのまま使用する勇断を下した。おかげで「バイオニック・ジェミー」は毎週大活躍を続けている。」
最後に、「地上最強の美女」というサブタイトル。これもジェミーというキャラクターをわかりやすくするためにバイオニックという言葉になじみのなかった視聴者への製作サイドの配慮であったのだろうと思う。
(情報元)
雑誌「ロードショー/リンゼイ・ワグナー27歳の栄光」
She TV (CS放送)「リンゼイ・ワグナー特集」(1999年)
「スターランドデラックスVol.6・リンゼイ・ワグナー」(徳間書店)
「還ってきたジェミー」佐藤 肇 訳(三笠書房)
「ゴールドマン暗殺指令」木原たけし 訳(三笠書房)
ほか。